2011年09月21日

意外に応えは簡単!?


先日、「第六回 吉備柔祭」が岡山武道館で開催されました。

これまでの中で最大規模の総勢170名の参加者による個人戦の大会となり、否応無しの盛り上りでした。

参加する選手が増える=選手層が厚くなり→必然とレベルは高くなって行く。
っとなると、互いにギリギリの攻防戦は充分に起こる訳で、これまた必然的に負傷者が増える訳です。

今回、そんな負傷者を見ていて思ったことは、見る限りでは「手首を骨折したんじゃないか?」「肩を脱臼してない?」的な負傷者も垣間見えたのですが、それでも試合を続行する人たちが思いのほか多かったことです。

もちろん中には負傷が原因で棄権する選手もいましたが。

果たして、何故に少なくとも大学生以上であり、或いは社会人であるはずの彼らが、そこまでして試合に望むのか。
意外に応えは簡単だと思う訳です、自分を通して見れば、当然 柔道が楽しいし、勝ちたい、痛めてもまだ試合できる自分がいる、これぐらいの負傷ならまだ試合できる
などなど。「負傷をしてでも試合を続けたい」という思い。

世間一般的には「筋肉バカ」と思われがちかも。。

今回更に思ったのは、そんな負傷をした人が勝ち進んで行ったことです。苦痛に顔を歪めながらも、内股決めたり 寝技の絞め技決めたりと。
肩を痛めた選手なんて、痛いはずなのに笑いながら試合を終えていたりと、そこにはやり尽くした感が垣間見えたりと。

僕自身、少し肋骨を痛めていましたが、試合が始まると、そんな痛みどころではありません。
待ったなしに目の前の選手が組み付いてきます。
もはや「勝つか」・「負けるか」しかそこにはなく、必至な訳ですね。
勝ったときは、それでも勝てたという思いが。

そうした今回を通じ、思い感じたことは、やはり「人間追い込まれた時にこそ真価を発揮する」、または「その人自身の真価を垣間みることができる」ってところでしょうか。

社会に出れば挫折の連続、度に心の負傷は大なり小なりあるかと思う訳で。
それでも前に進むことができるか否か、真価が問われます。
途中棄権はあるのかも知れませんが、度に途中棄権はどうでしょうか。

今回の大会を通し、こうした選手を見ることができたのは、とても有意義だと思いました。
でも、その裏方にはちゃんと救護班として整骨院の先生方のバックアップがあればこそなのであって。
決して選手ひとりでは、なんとかなったものではなかったのかも知れませんね。

見え隠れする選手たちのスポーツスピリッツと、それに対峙する先生方とのチームプレイ、凄く社会勉強になりました。

懸命に頑張る人を如何にバックアップするのか、柔道を通じて学ぶ機会に恵まれたように思う昨今です。

※余談ですが、男子無差別級の決勝戦は、とても緊張感のある試合となり、間近で見ていて、凄まじい攻防に釘付けに^^;。
 最後の判定も議論を呼ぶものになり、ほんと稀に見る名勝負でした。


  


Posted by マコチン@ウェブティ株式会社 at 23:11Comments(0)